世田谷長屋暮らし [happy]
マンションの上階のおじさまから、時々収穫したばかりの新鮮野菜が届く。
今回はエシャロット、さやいんげん2種、じゃがいも。
丸々太って強烈な香りのニンニクばかり20個ほど頂いた日もあったが、これまで頂いたものがあまりに多すぎてもう思い出せない。
くるみ割り奥様
アパレルのお仕事を定年まで勤め上げた後、農業大学で本気の園芸を学ばれて、学校の畑で食べきれないほど採れたものを我が家におすそ分けしてくださっているのだ。
来客時にお届けにみえたこともあり、お客様から「昼採り有機野菜の産地直送なんて、都会じゃなかなかないですよ!」と本気で羨ましがられたこともある。
おっとりした奥様が「この人は農夫なんです」と微笑んでいたが、枯死したマンションの植え込みの一角も、彼が見事に色とりどりの花で蘇らせてくれた。
真っ黒な髪にあまり皺のないお顔で、「どぅっもー!」とスタスタ歩かれる様子は、七十代のはずなのにどう見ても五十代で、
そしてなんという不思議なご縁か、私の都立高校の大先輩であった。お互い昔の学区と違うところに住んでるのに。
そういえばあるときから、上階の方から早朝に20分ほど、ドンドンドンとトレッドミルで走るような音が聞こえるようになった。
睡眠を妨げられるしかすかに振動もするので、イライラとしながら毎日音がやむのを待っていたのだが、ある時さすがに耐えきれず、新鮮野菜を持ってきてくれたその大先輩に「こんな音を最近聞くんですが、正体知りませんか?」とたずねてみた。
するとなんと
「すみませんね、うちの家内が胡桃を割っているんですよ」とおっしゃる。
あの小柄でおっとりした奥様が、毎朝胡桃を叩き割っている。
(どんだけ頑丈な胡桃なんだ)
途端に、奥様が地面に胡桃を打ち付けているリスに思えてきて、無類のげっ歯類愛好家の私には、その音が一気に愛おしいものになった。
アダムスファミリー的ワケあり住人(自分たち含む)
うちのマンションは、キリストダンナが結婚前に一人用にと買ったもので、どの家も部屋数があまり多くなく、いわゆるファミリー物件ではない。戸数も少ない。リノベーションをしたものの、かなり古い。
以前、有吉ジャポンで「ロン毛おじさん」というテーマの回に渋谷でキリストダンナが声を掛けられ、我が家に取材班が来たことがあったのだが、放映後に2ちゃんねるで「家が狭くて好感度が高い」という、けなしているのか褒めているのかわからない、なんとも微妙なコメントもいただいた。
分譲世帯は、子供を望まない私たちを筆頭に、昔離婚して現在は優雅な独身貴族という方や、旦那様を昔に亡くされてから黒衣で喪に服し続けるスタイリッシュな未亡人、愛人をされていたおばあさまなど、少しワケありの方たちがマイペースに暮らしている。
現在ここに住み始めて10年強だが、震災の年にこの小規模マンションにおとずれた大規模修繕の理事長を拝命したキリストダンナが、ミーティングを重ねているうちにすっかり彼らと仲良くなった。
といっても、そこは都会らしく、お互い深くは踏み込まず、ほどよい距離を保っている。
変わりゆく長屋
こうしてアダムスファミリー的にキャラの立った方々との長屋暮らしを楽しんでいたのだけれど、先日その素敵な未亡人が亡くなり、同じ時期にこのマンションを代表するような愉快でぶっ飛んだキャラの女性が、親御さんの介護のために引っ越していってしまわれた。
ずっとこの呑気な長屋暮らしが続くと思っていたのに、気がついたら少しずつ変化してきていて、賃貸物件も増え、見知らぬ若いカップルに遭遇するようにもなった。
最近、大先輩の奥様は体調を壊されているようで、その胡桃割りの音もあまり聞こえない。
ときどきあのドンドンドンという音と振動がやってくると、無性に嬉しい。
世田谷長屋暮らし。
私にとってはどんな高級住宅よりも貴重で心地よい。
これ美味しいのよー!早く食べないと湿気ちゃうわよー!と
くだんの愉快な彼女が餞別にくださったうちのひとつ、「ラッキーマヨネーズ」。
マヨネーズのパンチがはんぱなくて、ほんとに美味しかったです。
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